月遅れのクリスマスカードが届きました。良く観ると住所の一部が違っており、書き直した跡があります。差出人へ一度戻ったのが遅配の理由らしい。差出人は、若い時、お世話なった元フィリピン人政治家の未亡人からでした。ここ数年はご無沙汰でした。クリスマスカードにしては長文で当時の思い出がビッシリ書かれていました。
若い頃、私はフィリピンに3年間住んでいました。フェルナンド・マルコスが大統領に就任した翌年からです。今から30数年前。差出人は現在アメリカに住んでいるのですが、当時はルソン島北部にある小さな州の知事夫人でした。幼い4人の母親。ご主人は弁護士で州知事。アキノファミリー中堅の若手政治家でした。将来は上議員へ。そんな野心を持っているように見えました。
当時は共産主義が台頭。革命が囁かれ、テロが続発していました。それを理由にマルコスは戒厳令を布告。一気に憲法改正へ。マルコス独裁政権へと加速する幕開けでした。政敵だったベニグノ・アキノ上議員(当時)を投獄。10年後に暗殺。州知事だったご主人も連鎖逮捕されます。危機を感じた夫人は子どもを連れて米国へ。その後、アキノ暗殺までの10年間、投獄生活が続きます。釈放後、故郷で弁護士として再スタートしますが、数年後に他界。婦人はシカゴで今でも元気に暮らしています。孫の世話で日々忙しい…とクリスマスカードに書かれていました。
慌しく子連れでアメリカへ旅立った朝、マニラ国際空港で別れたあの日。10数年後、シカゴ郊外に住む母子を訪れ再会を喜んだあの日。末娘はミシガン医大卒、医師としてフィリピンへ帰国する際、我が家へ数日滞在した日々。彼女は今マニラ医療センターの救急医として勤務しています。マルコスも、アキノも、フィリピンも、どうでもよくなった今、アジアの大躍進の中でいずれも忘れられようとしています。