2011年12月16日金曜日

サンタクロースってほんとうにいるの?!


もし幼い子から「サンタクロースってほんとにいるの?!」と聞かれたら、あなたならどう答えますか。そんなの<いないに決まってるだろう!>と言うか<絶対いるよ!>と言うか。そして、その子から「なぜ、そうなの?」とその理由を聞かれたら、どう答えますか。思案のしどころですネ。何故ならば、これはあなたの物事に対するパラダイム(見方や考え方)を問われているからです。

100年ほど前、『The New York Sun』というNY新聞社へ届いた1通の手紙。当時8歳の子から同じ質問が寄せられました。この新聞社はこの質問にまじめに答えます。それも社説で取り上げたのです。
こんな大切な質問を寄せてくれてありがとう。私たちを信頼してくれたからだと思います。とても嬉しいです…云々
…で始まる短い文章(Is There A Santa Claus?)での社説は大変な反響を呼びます。後々、一冊の本となり、ブロードウェーのミュージカルとなり、ハリウッドで映画にもなります。今でもクリスマス・シーズンになるとアメリカのあちこちで取り上げられ、人々に語り継がれる古典的なストーリです。社説を書いた記者は次のように答えました。要するに…

サンタクロースなんていない…と言うヒトは間違っている。目に見るものしか信じないというヒトはいるが、そのヒトは心が狭く、疑い深い。心の狭いヒトは、よく分からない事はみんなウソだと決め付けてしまう。しかし、私たちの頭で考えられることはとても限られている。所詮、人間の知識や知恵はチッポケなものでしかない。世の中のことを全て分かることは不可能。人間の心には「愛」や「思いやり」や「真心」がある。そんなモノは目に見えないのだから信じられない…と言うヒトがいるのなら、その人の見方や考え方はおかしい。それと同じことでサンタクロースなんかいないと言う人の考え方はもともと間違っている。世の中には愛や思いやりや真心で満ち溢れている。だからこそ生きることは美しく・楽しく・素晴らしいのだ。

もし、サンタクロースがいないと言うなら、この世の中は暗く、実につまらない。くだらない世界だ。サンタクロースは絶対いなければらないのだ。何故ならサンタクロースがいるだけで、人生の苦しみや悲しみを和らげてくれる。だた目に見えるモノ、手で触れるモノ、感じるモノだけでは人間は決して生きてはいけない。信頼や想像力や詩やロマンがあり、愛や思いやりや真心があるからこそ、生きてゆく価値がある。それが力となり、光となるのだ。サンタクロースはちゃんといる。いつまでもいる。一千年後も、百万年後も、人々の心の中でサンタクローズはいまと変わらず、生き続け、人々を喜ばせてくれるに違いない。

このような文章で結ばれています。この本(サンタクロースっているでしょうか)は日本語にも訳されています。興味ある方は購入してみてはどうですか。出版社は偕成社。自分のパラダイムを問い正すよい機会になるかも…。なにはともあれ…

A Merry Christmas to you!

2011年12月14日水曜日

朝鮮問題を解決する2つのニューアイデア


韓国ソウルへ行ってきました。軍事境界線の地下にある北朝鮮が掘削した第3トンネルを見学。正式には「非武装中立地帯」、DMZ(Demilitarazed Zone)です。国境線ではなくあくまでも休戦ライン。ベトナムなき今、世界で唯一の休戦ラインです。DMZは南北にそれぞれ幅2キロつづ(計4キロ)、東西に約248キロ。このエリアに北朝鮮はトンネルを計4つ掘削した。その一つで最も大規模なのが第3トンネル。地下73mに長さ1.6キロ、幅2m、高さ2m。完全武装の兵士3万人が1時間以内に移動できる。1978年に発見され、今では観光地化されています。ソウルからたった52キロの地点にこんな場所がある。朝鮮民族が分断された厳しい現実です。1990年、ベルリンの壁が崩壊。東西ドイツが統一された。が、両ドイツ間の経済格差は未だに大きい。経済格差は東西ドイツの比ではない南北朝鮮ですから、この現実を踏まえ、圧倒的に豊かな南としては、統一時に必要な莫大な財政負担を今から準備しています。消費税の一部をプールしているのです。今回、韓国で聞いたことですが、北は今となれば南との統一は望んでない(南とて同じでしょうネ)。で、貧しい北としては中国に"身売り"することを考えてる…というのです。アッと驚くサプライズです。つまり、アラスカがアメリカへ"身売り"したように…です。アラスカはアメリカ合衆国の48番目の州ですが、1867年、ロシア帝国から売却された土地です。それも何と1エーカーたったの2セントで売却された。これと同じようなことが北朝鮮で起きるかも知れない…という。もっともゴリ押し上手な北の"キム帝国"のことですから、ミサイルや核を効果的にチラつかせながら、粘り強くドロドロの交渉をするに違いない。そして、売却金をジリジリと吊り上げてゆくことでしょうネ。


もう一つ、ソウルで訪れたのは「戦争記念館」(The War Memorial of Korea)。朝鮮半島という地理的な条件から異民族の侵略を何度も経験した。その戦争と軍事を集大成した殿堂です。日本はこの分野では特に深いかかわりがあります。例えば、古くは大和朝廷の任那に始まり、文永・弘安の蒙古襲来、豊臣の文禄・慶長の役、日清・日露での戦勝地、そして悪名高き昭和の日韓併合。展示物の中には旧日本軍の侵略品が数多くありました。最も広いスペースを占めていたのは朝鮮動乱での品々です。北朝鮮軍の侵略品も数多く展示。2010年3月に起こった天安艦沈没事件。北朝鮮軍の半潜水艇の残骸も展示してありました。

小耳に挟んだ話。それは手付かずの自然林があるDMZ。今では数多くの渡り鳥の休憩地になっているとのこと。このエリアをユネスコの自然遺産へ登録しようとする動きがあるとのこと。北の"身売り"といい、DMZの世界遺産といい、現実味のない話しかも知れません。が、現状打破の糸口の一つ。何も動かない今よりは少しマシです。朝鮮半島の悲劇の背景には私たち日本人が少なからず関与しているのですからネ。遠い昔の出来事として知らぬ顔で通り過ぎることはできません。そして、横田めぐみさんも怪人21面相も闇の中へ消えさせてはいけないのです。

2011年11月25日金曜日

TPPという名の黒船の来航


近頃、同窓会と称する"飲み会"が増えています。私は仙台のど真ん中で生まれ育ちました。戦後生まれの"団塊の世代"ですから同級生がやたら多い。中学校では1学年が10組。一組に60~70名はいたので総勢700名ぐらいだと思います。幹事の話だと在京者はそのうち約10%ぐらい。多くの同級生は今でも仙台在住とのこと。3・11で被災したヒトもいる。今回、在京メンバーの世話役が横浜在住者だったので、会場はビール発祥の地となった関内の地ビール・レストランでした。幼馴染と会い・語り・飲む。それから横浜旧市内をブラブラ散歩。山下公園からシーバスに乗り、横浜駅で解散しました。

ビールに限らず関内周辺にはパンやアイスクリームなど西洋食品の発祥の地が多い。その訳は西洋人が多く住んでいたから。今も地名として残る"関内"という言葉の由来は西洋人の居留地の内側だった処。その外側にあったはずの"関外"は地名としては残っていません。関内には幕末から明治に掛けての文明開化の記念碑がそこかしこにあります。例えば、日本画を完成させた岡倉天心の生誕の地に建つのが開港記念館。その近くには勝海舟の仮住まい跡。勝邸には用心棒として居候していた坂本竜馬も住んでいた。多分、二人が闊歩したであろう日本大通り沿いには日米和親条約締結の地があります。

ペリーが黒塗りの軍艦4隻で浦賀に来航。その2年後、象のハナのように「横」へ「浜」が延びていた小さな漁村で通商条約が結ばれた。200年続いた鎖国がついに終ったのです。それが横浜の始まり。アメリカ・イギリス・ロシア・オランダから一斉に西洋人が押し寄せ、貿易港として横浜は活気づいた。何と10年間で人口が10倍になったというのですからその勢いが解ります。対等のはずの通商条約は名ばかりで領事裁判権もなく、関税自主権もない。不平等で不利な条件ばかり。この条件を回復するのに長く辛い歳月を要した。何と50年もかかった。回復できた理由は、大国チャイナとロシアを相手に絶対絶命の戦いを挑み、日本が勝利したからです。

その時代とは環境や次元が異なるとは言え、同じ通商条約の枠組み問題でいま日米は揺れています。日本政府は幕末の頃ように"開国"か"鎖国"かで賛否両論。議論伯仲しています。例のTPP(Trans-Pacific Partnership)問題です。正式には「環太平洋戦略的経済連携協定」と言うのだそうです。訳の解らない用語です。要するにアジア人口40億人の経済の成長力と市場性をリードするのはどの国か。東シナ海のリーダーシップは誰が握るのか。アメリカか中国か。勿論、TPPを発案したアメリカの強い思惑が見え見えです。ハッキリ言って日本の立場は弱い。横浜開港時とあまり変わっていません。変わっているのは隣国(中国・韓国)の状況です。日清・日露の発火点となった韓国ですが、今は劇的な程にパワーアップしています。今の日本は韓国のリードで歩調を合わせ、アメリカに従う以外に「道」は残っていない。それが現実なのです。イニシャティブは日本ではなく韓国にある。無責任なリーダー交代が続いている間に逆転してしまった日韓関係の立場の違いをガラパゴス人はよく認識していないようです。

50年前、眩しかった少年たちは歳相応にシワが目立つ老け顔になっていました。元少年たちがビールを呑みながら話すのは趣味のゴルフや釣、そして自慢するのは孫のこと。いずれも私には縁のない話しでしたが、楽しい午後の一時でした。

2011年11月10日木曜日

カネに群がるヒトたちの思惑


バブル崩壊の前夜、日本人が好景気に浮かれていた頃の話しです。知人の美人フィットネストレーナーの顧客の一人がたまたま日本人だと言うだけの理由でラスベガスで紹介された方がいます。その方は在米30数年。当時、名門ゴルフ場付き一流カジノ・ホテルの副社長でした。物腰が柔らかで上品な方。好感度抜群。その方は年に数回、東京に来ていました。定宿(一流ホテル)から電話があり、高級日本料理店で夕食をご馳走になったこともあります。ある時、ラスベガスのカジノのバックヤードを案内してくれたこともあります。映画の一シーンを観ているような場所でした。一晩で巨額のお金を平気で使う日本人がいること。そして、彼の仕事はそんな上客の"子守役"であり、気持ちよくおカネを使わせ、日本で集金する役目も負っていたらしいこと。カジノ側にはCIAも参考にする各国の富豪者リストがあること。カジノで豪遊するそれらの人々の性格・趣味・習性・性癖など、ありとあらゆく個人情報が詳しく分析管理されていること。など耳や目を疑う内緒の話しを冗談交じりで語ってくれたことがありました。

何と当時聴いたような話が最近マスコミで報道されました。つまり、ティッシュペーパーで大ピットした四国の製紙会社。その創業者一族の"御曹司"。東大法学部卒のエリート後継者。そんなヒトのラスベガスでの豪遊沙汰。一晩で数千万円。湯水の如く使った総額は80億円。その穴埋めを関連会社から無担保で借り入れ、多くは踏み倒している。耳を疑うようなそんな事実が今も面々と続いているわけです。その御曹司にはきっと子守役の"プロフェッショナル"が付き添っていたことでしょう。

そして、東京一部上場の名門会社。日本を代表する精密機器カメラ会社のトップたちが長年してきたマネーロンダリング。巨額な投資損失の隠蔽工作です。それも突然解任された元社長のイギリス人の"内部告発"で明るみに出たというのですからお粗末な話しです。どうもお金の流れ方が"暗黒街"の人々が得意とするケイマン諸島を経由の手口。だから米国のFBIが動き出した。今の日本はどうなっているのでしょうか。政治家や高級官僚だけが"変"なのではない。財界人も"変"。国家の舵取りをするエリートたちがおかしい。この先、この国はどうなってゆくのでしょうか。

さて、冒頭に記した日本人副社長はその後、解任。ある時からピッタリ消息を絶った。その後、お会いした人はいないとのこと。間も無く、ラスベガスで大物政治家が大金を賭博につぎ込み、その返済を右翼の大物フィクサーが行ったことが明るみ出ました。思い返すとあの頃を契機にラスベガスの変貌が始まった。つまり、男性が悦ぶ怪しげな歓楽の街に別れを告げたのです。今は家族で楽しむエンターテイメントの街です。ワタシ的にはあの頃のラスベガスが好きなんですがネ…。

2011年11月2日水曜日

「あ」と「う」と「む」の間に真理がある?!


インドではどこでも見掛ける奇妙なマーク。あれはナニ?と聞くと、OM(オーム)だと言う。ナニ?!…聞き覚えのある音です。まさかあの…。ヤッパリそのオームでした。聞けば聞くほどオームの講釈が長くなる。難解な意味です。正しいのか否かは分かりませんが、私の解釈では<概念を越えた偉大なもの>のようです。創造・維持・破壊という宇宙の輪廻の象徴。そんなことを知人は熱心に説明してくれました。内心では"だからどうしたのか?"と言いたかったのですが、そんな質問をすれば、場が白けそうだったので、首を大きく振り頷きました。

南インドの古都ポンディシェリーの大小様々なヨガ道場ではどこもクラスの開始時と終了時にマントラのように全員でオームを唱えます。「ア」でもなく「ウ」でもなく「ム」でもない。その中間にある不思議な音です。車座になり、道場内に人々の音が長く響き渡ります。異様な雰囲気でした。「オーム」は宗教での呪文とは違うらしいのですが、キリスト教の「アーメン」、イスラム教の「アミーン」、仏教での「南無阿弥陀仏」などと同じような雰囲気を感じました。

そんな壮大なシンボルマークと表音を名称にした身の程知らずのカルト教団が日本にあった。16年前、東京のど真ん中で地下鉄でサリンを撒いた人々。その背景になった弁護士一家殺害や松本サリン事件を引き起こした不気味な若者たちです。189人が起訴され、うち13人に死刑判決が下りました。結審。被害者にとっては長過ぎた日々がやっと終結します。あの悲惨な事件に巻き込まれた謂れなき多くの人々。空しさだけが残ります。あの事件は一体何だったのだろうか。どんな意味があったのか。あの不気味な人々は今後どうなってゆくのだろうか。不可解な出来事です。座禅を組み、心静かに目を閉じ、「ア」でもなく「ウ」でもなく「ム」でもない、その中間にある微妙な音を唱えてみれば何か分かるかもしれません。何せ永遠の真理を表す音なのだそうですから…。

2011年10月9日日曜日

あのヒトは 今頃、ソクラテスと会っているかも。56歳、逝く。


アメリカ人の大好きな劇的な生き方をしたヒト。伝説的なカリスマリーダー、スティーブ・ジョブス(Steve Jobs)が他界。享年56歳。ご存知、マウス機能付きPC時代を拓いたヒト。アップル社の共同創業者。だが、権力闘争に敗れ、退社。その後、業績悪化したアップル社のトップに返り咲き、iPhonやiPodでV字回復。スマートフォーン時代を拓いたヒト。時下総額世界一の企業へ。アメリカでしか誕生し得ない特別なヒトです。

日本のMac愛好者は別だが、彼の評判は日本ではあまり良いとは言えない。その理由は、訪日した時の日本トップ企業のリーダーたちの印象を“死んだ魚”(dead fish)と米国某有名誌に語ったのが原因の一つ。彼は、欲深い人々の見えすぎた"歓迎ぶり"を称して《日本人は死んだ魚のように岸に押し寄せ、海岸を埋め尽くした》と表現したからです。加えて、出国時に空港係官との問答の中で《こんな国二度と来ない》と言ったとか言わないとか…。真意の程は分かりませんが、利己的で損得を第一義とする思考性。哲学なき知識人たち。そんな品格に欠けた今の日本のリーダーたちに彼は失望したのだと言われている。

かつての日本はSONYやHONDAが生まれ育った国。その国のトップたちは市場の創造や技術の革新に関して誇りと勇気を持っているに違いない。彼はそう思っていたのかも知れません。それが今の日本は浅ましくも利害優先。確固たる哲学も主義主張もない。リスクを負わずに金儲けしたいだけ…。まるでウォール街に掃いて捨てる程いるトレーダーたちと何ら変わり無い。その程度の人々…。そう感じたことが"死んだ魚"という辛辣な言い方になったでは…。言われて見れはその通りですからそのレベルの人々はマジで“ムカついた”と言うわけです。

個性的なパーソナリティー。世界屈指の大金持ち。本質を見抜く鋭い心眼力。だから彼の言動を世界が注目した。数々の名言集が出版された。その中でも最も有名な言葉が…

Stay Hungry, Stay Foollish 貪欲であれ・バカであれ

彼はスタフォード大中退なのですが母校卒業式での祝賀スピーチで述べた最後の一言です。この前段で彼はこうも述べています。これも名言の一つ。すなわち…

君たちの時間は限られている。だから他人の誰かの人生を生きる時間などない。定説(ドグマ)にとらわれたり、多数派のどうでもいい雑音や考え方に惑わされたり、自分の内なる声に溺れたりしてはならない。自分の心や直感を信じ、本当の自分を捜し求め、勇気を持ってそれを実現すべきだ。

もっとも美しい彼の言葉として知られているのが《もしソクラテスと一日だけ午後の一時を共に過ごせるなら、私の全てを捧げても良い》。自分に正直に生きたヒト。妥協を許さず、自分を信じ、考え方を貫いたヒト。そんな彼はソクラテスになら何か聞いてみたいことがあったのかも知れません。きっと今頃は天国のどこかのカフェで隅の小さなテーブルに二人で座り、楽しげに語り合っていることでしょう。スティーブ・ジョブスの生き方や考え方は世界中の若者たちに末永く語り継がれることでしょう。合掌

2011年10月5日水曜日

地上最強のパワースポットで感じたこと


南インドで2週間暮らしました。インド第3の都会チャンナイ(旧マドラス)から150キロ南下。旧フランス領のお洒落な街ポンディシェリー(Pondicherry)の郊外。”マトリ・マンディール”という瞑想ホールがあり、それを中心にした巨大なコミュニティーの街オーロビィル(Auroville)で暮らしました。この街はインドのイメージとは大違い。住民の多くが欧米人。その理由の一つが街の中心にある瞑想ホールにあるのだそうです。ハリウッド映画で大ピットした『未知との遭遇』でも撮影シーンの一コマになった神秘的な建築物です。40年前に建造されたとのこと。この街はインド独立運動のリーダーの一人、オーロビンド・コーシュといる哲学者と後継者ミッラ・アルファッサ(フランス人女性)とが建設した理想境とのこと。知人の計らいで瞑想ホール内部に立ち入ることが許可され、瞑想する機会を得ました。チョット不思議な体験でした。

ホール内部は小規模ビルがそっくり入ってしまいそうな巨大な空間。天井から一筋の光が注がれ、壁面に人々が二重に座り、瞑想する。静観と沈黙が響き渡っていました。始まってからどの程度時間が経過したのか…。私は両肩がやや重く感じ、前傾ぎみになり、立て直そうとしても出来ない。変な感じでした。間も無く、床面が微妙に揺れ動く感じがしてきました。弱い<地震>か…と思ったほどです。薄目を開けて周囲の様子を観察してみたのですが、特に変化はない。その内、軽い頭痛が生じ、後頭部を後ろに引かれるように感じました。これまでに経験したことのない不思議な感覚でした。やがてホールに薄明かりが指し込み、人々が立ち上がり、終りました。外部に出たら心身共にスッキリ。これが瞑想の効果なのか…と実感しました。

これまでにオーロビィルの街には何度もUFOが到来しているらしい。宇宙とチャネリングをした経験者がたくさんいるとのこと。科学者や哲学者がミッションを受けて欧米から移り住んだ人々も少なくないとのこと。何かと懐疑的な私を見て、知人が熱心に説明してくれました。例えば、電気の存在を否定する人は今はないが、電気の存在は150年前に知ったに過ぎない。電話だって同じコト。今では世界中の人々が普通に携帯で話し合っている。この光景を100年前の人が観たら全く理解できないであろう。あと100年もすれば宇宙との交信を疑う人がいなくなるであろう…などなど。言われてみればその通り。現在の科学の基本である光の速度。それが否定される時代。つまり、光より速い物質の存在が解りかけている。やがて「ドラえもん」のように瞬間的に空間移動できるかも…。アインシュタインの理論が矛盾する時代がすぐそこまで来ているからです。目に見えるものだけ…科学で証明されたものだけ…を信じるのはその人の知識や見識の狭さに由来する。知人の話を聴きながら、自分の見方の弱点を痛感しました。 不思議な国ですネ。インドは…。