2011年1月28日金曜日

アジアの躍進の中で忘れられた国

月遅れのクリスマスカードが届きました。良く観ると住所の一部が違っており、書き直した跡があります。差出人へ一度戻ったのが遅配の理由らしい。差出人は、若い時、お世話なった元フィリピン人政治家の未亡人からでした。ここ数年はご無沙汰でした。クリスマスカードにしては長文で当時の思い出がビッシリ書かれていました。

若い頃、私はフィリピンに3年間住んでいました。フェルナンド・マルコスが大統領に就任した翌年からです。今から30数年前。差出人は現在アメリカに住んでいるのですが、当時はルソン島北部にある小さな州の知事夫人でした。幼い4人の母親。ご主人は弁護士で州知事。アキノファミリー中堅の若手政治家でした。将来は上議員へ。そんな野心を持っているように見えました。

当時は共産主義が台頭。革命が囁かれ、テロが続発していました。それを理由にマルコスは戒厳令を布告。一気に憲法改正へ。マルコス独裁政権へと加速する幕開けでした。政敵だったベニグノ・アキノ上議員(当時)を投獄。10年後に暗殺。州知事だったご主人も連鎖逮捕されます。危機を感じた夫人は子どもを連れて米国へ。その後、アキノ暗殺までの10年間、投獄生活が続きます。釈放後、故郷で弁護士として再スタートしますが、数年後に他界。婦人はシカゴで今でも元気に暮らしています。孫の世話で日々忙しい…とクリスマスカードに書かれていました。

慌しく子連れでアメリカへ旅立った朝、マニラ国際空港で別れたあの日。10数年後、シカゴ郊外に住む母子を訪れ再会を喜んだあの日。末娘はミシガン医大卒、医師としてフィリピンへ帰国する際、我が家へ数日滞在した日々。彼女は今マニラ医療センターの救急医として勤務しています。マルコスも、アキノも、フィリピンも、どうでもよくなった今、アジアの大躍進の中でいずれも忘れられようとしています。

2010年12月25日土曜日

キリスト教とユダヤ教の違い。もう一つのメリークリスマス!



今日(12月25日)は世界一有名なヒトの誕生日。言わずと知れたイエス・キリストです。何と地球上の4人中1人がこの日を祝うのだそうです。が、しかし、キリスト教徒は1人だけで残りの3人はそれを口実にするだけ。だいたいキリストがこの日に生まれたかどうかは極めて怪しい。1月6日や3月15日など諸説あるからです。この日を祝うことになったのは4世紀以降。その理由は古代ローマ時代の太陽神祭が次第にキリスト教化したからと言うのが定説です。この日にギフト交換する風習も古代ローマ人に由来するらしい。

それから、イブの夜、雪景色の中をさっそうと登場。トナカイのそりに乗り、煙突から入り、靴下の中にギフトを入れる赤い服着た白ヒゲの小父さん。例のサンタクロースは北欧のクリスマス伝説に由来する。この二つの異なる物語、①キリスト誕生、②クリスマス伝説の二つが一つに合体。これがヨーロッパ⇒アメリカへ伝播。クリスマスが祝う口実となり、派手さが増すのは案外新しい風習のようです。

無知とは恐ろしいもので、イスラエルへ行った時のことです。死海からテリアビブへ戻る途中、イエス生誕の地(ベツレヘム)を訪れました。ガイド役の方へ「この辺では盛大にクリスマスを祝うのでしょうね」と気軽に言ったのが運の尽き。顔色が一変「私たちは祝いません」と冷やかな態度。急に気まずい嫌な雰囲気になってしまいました。

旧約聖書から新約聖書まで、400年間の謎の空白があります。旧約時代ラストの預言者ミカが「やがてメシヤ(神の使者)が来る」と言い残して死にます。そして400年後、そのメシヤとしてイエスが誕生する。新約時代はそこからスタートします。しかし、ユダヤ教では未だにメシヤの到来を待ち望んでいます。何故ならば、大工ヨゼフの息子イエスはメシヤではない。メシヤはダビデ王の子孫でなければならないと彼らは言っています。だからクリスマスなど言語道断。"フザケタことを言うナ"なぜイエスを祝わねばならないのか。その理由が全くないと言う訳です。

なにわともあれクリスマスを口実に飲み食いする側としては、ユダヤ教からもキリスト教からも怒られる事を覚悟の上、今夜も、昨夜に引き続き、乾杯です。Merry Christmas!

2010年12月18日土曜日

師走だからこそノンビリと適当にサボる

ストレス社会の現代。うつ病はよくあるフツウの病気です。有病率は人口の3~5%で年々急増しているとのこと。知人の中にも自称うつが何人かいます。その病状の基本は3つ、①うつ気分、②活力低下、③ネガティブ思考とか。身体症状としては、全身倦怠感、食欲不振、不眠、頭痛、耳鳴り、吐きけ、腹痛、便通異常、腰痛、手足のしびれなどがあるらしい。

そう言われると思い当たるフシがいくつもあります。そうダ…私もうつかも知れない。キットそうに違いない、早速、幼馴染へデンワ。彼は精神科医です。小学生の時から我ら仲間とは別格な存在で成績優秀。結局、子どもの時からの希望通り今はドクター。「オレうつかも知らないだヨ」と言うと"何ッお前が?!"と始めは真面目に応対してくれたのですが、次第に取り合わなくなり「酒でも飲んでサッサと寝ろ!」と怒られました。彼曰く、うつと言い張るヒトにうつはいないとのこと。しかし、私はうつになりやすい性格らしい。その特徴は仕事熱心、こり性、生真面目、几帳面、正義感。「自分の責任だ」と思い込んでしまう癖が確かにある。「でも、お前は違うナ。子どもの時から案外いい加減なところがあったからナ」と言われてしまいました。その通りです。これも思い当たるフジがいくつもあります。とは言え、ストレスの多い仕事なので「注意するに越したことはない」と以下の4つを助言してくれました。つまり…

①オーバーペースにならないように適当に手を抜く
②メリハリのある生活リズムで暮らす
③何事にも執着せず時々気分転換をする
④独りでボーッとする時間を創る

私同様、自称「うつ病ダ」と力んでる方々へグッド・アドバイス。お互い注意しましょう。彼曰く、適度のうつの方がイイ。仕事の出来も良く、成果も上がるのだそうです。そして、うつを理由に適当にサボることもできる。案外都合がイイようです。が、程度問題で深刻になると手ごわい病とのこと。多忙な師走だからこそオーバーワークにならないように適度にサボる。何事もそれが一番です。

2010年11月24日水曜日

懐かしいベトナムの一本道



食べ物と旅行は人気TV番組の定番。どの局も代わり映えがない。何気なく観た番組がベトナムへの旅でした。それも国道1号線を縦走するバスツアー。安土桃山時代、日本人街があったとされる中世の貿易港、古都ホイアンからグアンガイまでの風景でした。とても美しい海岸が続くルートです。

5年前、知人たちと持参した自転車でインドシナ半島を縦断しました。ベトナム終戦から30年目の年です。国道1号線は各地で高速道路建設の基礎工事中(日本の大手ゼネコンの看板が立っていました)でしたが、TVで見るかぎり、当時と変わらない風景でした。グアンガイ近くで不覚にもパンク。独りで修理。一行と大幅に遅れ、必死で彼らを追いかけた懐かしい一本道が映し出されました。

2週間の自転車の旅でしたが日本人とは誰一人会うことがなかった。でも、今は何処も日本人旅行客で賑わっていることでしょう。食材の自然な味を活かした美味しい料理。お洒落な服装と小物類。人々の優しさと笑顔。ベトナムは日本人好みの国です。出会ったヒトへのお土産にと思い、出発前に100円ショップでサングラスを購入。ホイアンで出会った少女らに手渡すと小声で"Thank you!"。"Where have you been?"と流暢な英語で聞いて来ました。あの子供たちは今頃どうしていますかネ。

2010年11月22日月曜日

犬も歩けば棒に当る?


口は災いのもと。軽い気持ちで発した言葉が命取りになる。一国を司る大臣クラスも一言二言軽々に口にしたことが度々TVに流れ、その後「申し訳ありませんでした」と頭を下げても人々の中に記憶され、結果、更迭される。失言の重さこそ違いますが誰にでも起こりえることです。字も怖いですが口も怖いですね。

この十年イヤ二十年…とにかくこの閉塞感の原因の一つはクルクル変わるトップの顔です。その度に仕切り直し。その場足踏みで一向に前に進まない。この現状はどうすればいいのか。前へ一歩踏み出す方法は無いものでしょうか。

そんな中で明るいグッドニュースはノーベル化学賞受賞。それも二人。これまで受賞した日本人は計18名(今回を含み)。そのうち7名は化学賞とのこと。サイエンスが高いレベルにある証明です。嬉しいですネ。彼らの実績はいずれも30代後半、研究の中で閃き、成し遂げた成果とのこと。やっぱり閃きは若くて柔軟な思考に宿るわけです。今回受賞した「クロスカップリング」と称する有機合成法を研究した鈴木章博士(北海道大学名誉教授)。初会見で何気なく発した言葉がとても素晴らしい。強く印象に残るコメントでした。その言葉とは…セレンディビティー(serendipity)。

聞き慣れない言葉です。辞書によると、失敗してもそこから見落とさずに何かを学び取る能力、成功に結びつける才能とのこと。多くのノーベル受賞者はセレンディビティーに長けたヒトであることは間違いありません。単に幸運に恵まれただけではない。要するに、何かを発見したという"現象"ではなく、何かを発見する"能力"を指すらしい。チョットした偶然から閃くことを意味しているとのこと。言葉の語源は18世紀のイギリスの作家ホレス・ウォルポール(写真)の寓話『セレンティプの三人の王子』(The Three Princes of Serendip)からきた造語とのこと。セレンティプとは植民地だったスリランカのことらしい。

犬も歩けば棒に当る。コロリ転げた木の根っこ。これもセレンディビティー。つまり、犬は棒を探して歩いていたわけではない。木の根っこを目指して転んだわけでもない。たまたまその時ピーッと閃いたわけです。常日頃から問題意識を持つことがいかに大事かと言うことです。大臣も官房長官も常日頃から問題意識を持っていた。だから口が滑ってしまった。しかし、彼らにセレンディピティーがあれば、この失言から何を閃き、成功への足がかりにする。そんな才能豊かなヒトであることを望みます。彼らが30代後半だとかなり期待できるのですが、歳を取り過ぎているのでダメかも…。とにかく、何を考え、何を閃くか。それが問題なのです。

2010年11月11日木曜日

昨今の出来事をコペルニクスさんに聞いてみたい

地動説を唱えたコペルニックスが死罪になった時「悪法も法は法だ」と言って刑を受けたとか。国家の基本は法律に準拠した政治です。一企業ですらコンプライランス(法令遵守)が強く求められているのが現代。悪法はイヤですが法律遵守でなければ法治国家とは言えません。

それが、この国では時々不思議な事が起きます。例えば、中国漁船衝突事件。いかに大国チャイナとの領土問題だとは言え、逮捕取り調べ中の船長を急に保釈。帰国。その上で被疑者不在で立件しようと言うのですからネ。それも地方検事の"独自の判断"でそうなったと政府首脳が弁明する。ですから、諸外国から変な国だと冷笑され<コペルニックス的転回>と揶揄されるわけです。何と言われようとも、結果的に国際会議場の廊下で中国トップと"立ち話"が出来た。それが情けない。軽くて弱い今の日本外交を象徴してますね。

そして、今回のYouTube事件です。政府首脳が急に"国家秘密"だと言い出したビデオ画像を海保職員が投稿。守秘義務違反で処罰を検討中とのこと。一端ネットに出たら一瞬で世界中に広まる。インターネットの怖さですね。もしかして今回も地方検事の"独自の判断"とやらで意味不明の決着となるかも知れません。お得意のコペルニックス的転回というヤツです。やっぱりこの国はおかしい。上も下もガラパゴス化しています。

横浜みなとみない地区は今、2万1千人の警察官で込み合っています。例の世界の超トップが集結するAPEC会場です。ですから、今回は立ち話どころか廊下で擦れ違うことも難しいかも知れません。世間では現政権のことを『仙官ヤマト』と言っているそうですネ。このヤマト、この先どこへ向かって行くのでしょうか。

2010年9月27日月曜日

日本人はどこへ行ってしまったのか

講習会へお招きしたスイス人の先生と朝食をご一緒しました。のっけから前日のニュースが話題になりました。つまり、拘束中の中国人船長を急遽保釈。帰国させたことです。そのことへの感想と意見を聴かれました。いまの日中間のパワー格差を考えると止むを得ない。が、情けないのは国家戦略の無さです。シナリオ無き外交とでも言うべきか。最悪の結果にガッカリしているとボヤくと、彼は「日本政府の悪しき判断は多分、日中関係だけでは済まないであろう。アジア諸国全体へ波及するに違いない」とキッパリ言い切りました。ドッキ(!)…。

スイス人気質を現す一つの例として語り継がれているストーリがあります。それは第二次大戦時、旧ドイツと交わした交渉劇です。当時、世界最強だったヒットラー率いるナチ軍がスイス経由で祖国オーストラリヤへ凱旋する時、無条件降伏を迫ります。スイス政府は一歩も譲らす、粘り強い外交交渉をします。そして、万一、交渉決裂した場合を想定し、主要道路に掛かる大きな架橋へ爆弾を設置。ドイツが侵攻してきたら全ての橋を爆破すると宣告。ビットラーはギリギリまで迫りますがスイスは譲りません。結局、スイス侵攻を断念、迂回したのです。

そんなスイス人の子孫から観ると、今回の日本人の不甲斐なさに呆れたに違いありません。なんせ私たちの祖先は100年前、二つの大国、中国&ロシアを相手に絶対絶命の戦いに挑み、勝利したのですからネ。当時の世界情勢と今とでは大違い。が、しかし、私たちは彼らの子孫には違いありません。日本人の気骨と精神。せめてあの時のスプリット(Spirit)とアイデンティティー(Identity)だけは持ち続けねばなりません。そんな意味のことをスイス人の先生から遠まわしに忠告されました。ガック(!)…